NHK大河ドラマ『おんな太閤記』第十四回「信長の手紙」における橋田壽賀子作品らしかった部分をあれこれと随想します。
第十四回「信長の手紙」の概要
ねねは、利家とまつの子・お豪を養女にして、小さな命を育てる喜びを味わいます。信長は嫡男・信忠に岐阜城を譲り、壮大な安土城を築きます。秀吉が多忙なため、代わりにねねが築城の祝賀に出向き、信長に秀吉の側室のことで愚痴を言ってしまい、気落ちします。ねねが元気なく長浜に戻ってまもなく、長男・秀勝は病に倒れて看病の甲斐もなく息を引き取ります。しばらくすると、安土の信長からねねを気遣う手紙が届きました。
ねねが小姓に御菓子を進ぜようとする
ねねが佐吉を部屋に呼びたてた一幕にて。
語りがかぶって聞き取りにくかったけど、ねねが佐吉に「菓子を進ぜよう」みたいな台詞を発してましたね。
こうした点は、大名の御内室っぽいかも。とりあえず、子供には御菓子を進ぜよう、みたいな(笑)
そういえば、第十二回「城主の妻」でイチトラにも御菓子を進ぜようとしてましたね。
何事じゃ騒がしい!奥へはみだりに男子は入れぬ。それを知ってのことか!(こほ)
よいではありませぬか。まだ子供じゃ。なんぞ用か?(ねね)
あのう(市松)
お上がりなされ。菓子がある。(ねね)
みたいな(笑)
ねねが信長の面前にて悋気(りんき)を露わにする
まず、事の発端は。
いよいよ信長様より中国経略の命が下された。その準備のために上洛する。(秀吉)
では信長様への御祝いは?(ねね)
おかかが行ってくれ(秀吉)
私が!(ねね)
ってなかんじで、橋田先生がしっかりと御膳立て(笑)
そして、こほを伴って秀吉の代役で築城間もない安土城へ。
姿を現した信長がやたらと面相を緩ませつつ、軽快のトークと、ねねを和まそうする。
ああ、堅苦しい挨拶は無用じゃ。筑前の名代で祝いに来てくれたそうな。大儀じゃ。久しぶりじゃのう。また一段と女ぶりが上がったではないか(笑)猿めには過ぎた女房とは思ってはいたが、今までよう猿に添い遂げてきた。果報な男よのう、猿は。うん?(笑)どうじゃ、長浜は?(信長)
信長が御機嫌過ぎたことに起因してか。
信長の誘導尋問に対して、ねねがつい秀勝のことを話してしまう。
それも、そなたの内助の功があったからこそじゃ。ねね、この上欲しいのはややじゃのう。うん?(信長)
ならば、嫡男ができましてございます(ねね)
何、できたのか?(信長)
はい。私にはございませぬが。(ねね)
うん?あ(笑)そうか猿め、ほかの女子(おなご)にのう(信長)
秀勝と名付けまして、当年七歳に相なります。母親と共に長浜に。(ねね)
そうか。それは知らなんだのう。(信長)
ここまで橋田先生がしっかりと台詞を組み立ててきました。
そして、今日のその時!
子のない女子(おなご)というものは情けないもので御座います。ほかの女子(おなご)に心を移されたとて、ただ耐えねばなりませぬ。十二万石の身分を頂戴すれば、それは世の習い。恨みに思うことが間違っていると人は申します。離別されぬのが有難いと思わねばならんのかもしれませぬ。でも、そのような女子(おなご)と同じ屋根の下に住むのは地獄でございます。こんなことになりますのなら、足軽組頭でいた方が。(ねね)
御方様(こほ)
へっ?はっ!(ねね)
こほの老婆心が、ねねに説いた世の習い。すなわち、大名は側室を囲うのが道理ということ。
それ故に、正室は辛いってことを信長に愚痴っちゃったわけですね(笑)
そこで、橋田先生が信長の口を通じて披露した言葉が悋気(りんき)。
(笑)そなたのような女子(おなご)でも、人並みに悋気(りんき)をするのか。うん?(信長)
まあ、これは殿様の御耳にはしたないことを。申し訳ございません。(ねね)
(笑)そなたにやかれるとは、これまたよくよく果報な男よのう、猿は(信長)
これ、並のシナリオだったら
「(笑)そなたのような女子(おなご)でも、人並みにやきもちをやくのか。うん?(信長)」
って感じになるよね。
でも、橋田先生は並の作家ではないので(笑)悋気を使わない道理がないわけです。
ほんと、素敵の死語でしたね(笑)
なので、信長との面会を終えた、ねねが畳を叩いて己の失態を悔やむ(笑)
さらには、長浜城に戻ると。
寝込む(笑)
橋田先生、御見事!
秀勝を看病した、ねねが千種よりも実母っぽい
ねねが信長の面前で悋気を露わにしてしまったショックで寝込んでしまったものの。
橋田先生がいつまでも、ねねを寝かしておく法はない。
秀勝のひきつけが、ねねの不定愁訴を回復させる
御方様!大変でございます!秀勝様が!秀勝様が!(侍女)
どうかなされたか?(ねね)
御ひきつけ遊ばして!(侍女)
こほ殿、すぐに支度を(ねね)
ねねの一変のさせ方、やはり橋田先生の計算通りだったけど。
ここからが橋田先生が描写したい、ねねの真骨頂。
秀勝殿!何か言ってくだされ!秀勝殿!(千種)
医者は?(ねね)
ただいまお迎えに(侍女)
まあ(ねね)
触らないで!(千種)
そんなこと千種に言われたって動じないよ、ねねは。兎に角、秀吉の御内室・ねねが秀勝を救命しない道理がないわけで。
何か悪い物でも食されたのか?(ねね)
いえ、御毒味は私が(侍女)
では何故?(ねね)
今朝までは機嫌よう遊んでおられましたのが、急にお元気がのうなられて、先ほどからこのように(侍女)
震えておられる(ねね)
秀勝の体を温める
秀勝の体を温める所業。
これが、ねねは当たり前のようにしたけど、千種はそこまで頭が働かなかったんだよね。
ほんと、千種よりも実母っぽかった、ねね。まさに橋田先生の筋書き通りの一幕。
舌を噛み切らせないように
秀勝殿!(千種)
何をなされる!殺す気か!(千種)
ひきつけを起こされているのじゃ。こうしなければ舌を噛み切ってしまう。(ねね)
兎に角、我が子の名を呼ぶことしか術がなかった実母の千種に比して。
ひきつけを起こした子に対する実践的の術を披露した、ねね。
やっぱり、実母の千種よりも、ねねの方が実母っぽい(笑)
ねねの命に懸けても
これは驚癇(きょうかん)という病じゃ。熱の下がるのを待つよりほかございませぬのう。(医者)
どうあっても助けてくださいまし。私の命に懸けてもお願いでございます。(ねね)
こうした台詞を実母の千種には決して吐かせない(笑)
故に、どうみても、ねねの方が実母の貫禄十二分。
薬湯を口移しで飲ませる
さあ、秀勝殿。薬湯じゃ、飲んでくだされ。(千種)
飲まねばようはなりませぬ!秀勝殿!さあ(千種)
あ、それでは無理じゃ(ねね)
あ、飲まれました(ねね)
実母の千種が器に入った薬湯を飲ませようとして失敗。
他方、ねねが口移しで秀勝に薬湯を飲ませることに成功。
それで、ねねの所業を真似して千種が口移しで秀勝に薬湯を飲ませることに。
こうした術を実母の千種が、ねねから教わっているようではアウトかもね。現実的ではないという意味で、橋田先生の浮世離れポイントが高かった一幕にも(笑)
それでも。
早う、ようおなりなさいませ。病になど負けてはなりませぬぞ。(ねね)
ねねの貫禄勝ちですね。ねねの方が実母っぽいというよりも。橋田先生が実母の千種を頼りなく描写して止まなかった次第。
ねねに宛てられた信長の手紙を秀吉が朗読したがり、訳したがる
失礼仕ります(家次)
おおっ(秀吉)
只今、信長様より御使者にて書状が(家次)
何?火急の御使者か?(秀吉)
はっ(家次)
読んで聞かせる、読んで聞かせる
何じゃこれは?「藤きちろうをんなとも」とある。これは、おかかに下された物ではないか?(秀吉)
私に?信長様が?(ねね)
うん(秀吉)
あっ!(ねね)
待て待て。読んで聞かせる。読んで聞かせる。(秀吉)
待て×2と読んで聞かせる×2ね。なんか、秀吉がムカつく(笑)
西田敏行さんの台詞まわりも、どことなくわざとらしかった印象。
【秀吉朗読】仰せの如く、今度はこの地へ初めて越し、見参(けさん)に入り、祝着に候。
【秀吉訳】おお、この度はよう安土へ来てくれたと御礼の言葉じゃ。
秀吉の台詞が、信長の手紙の朗読と訳(笑)
読んで聞かせると言うに、読んで聞かせると言うに
これは、あの、私に!(ねね)
待て待て。読んで聞かせると言うに。読んで聞かせると言うに。ええーい!うん(秀吉)
今度は、読んで聞かせるというに×2(笑)
橋田先生が描写したい秀吉って。強引が目立つんだよね。だから、なんか秀吉に腹立つ。
【秀吉朗読】殊に土産、いろいろ美しさ、なかなか目にも余り、筆に尽くし難く候(笑)
【秀吉訳】祝いの品々、御満足の御様子じゃのう。うん?(笑)
何が「うん?」だよ(笑)
【秀吉朗読】祝儀ばかり、祝儀ばかりにこの方よりも、何やらんと思い候えば、その方より、見事なる物、持たせ候間、別に志なく候まま、まずまずこの度はとどめ参らせ候。重ねて参り候時、それに従うべく候。
【秀吉訳】何じゃ、信長様からは何の御返礼もなかったのか。こちらからも何かやろうと思うておったが、あまりにも見事な物をもろうた故、何をやってよいのか思いもつかぬ。今度はやめにして、この次来た時に何かやろうと仰せられておる。うーん(笑)おかか、よほど気張って持って行ったらしいのう。
【ねねの気持ち】せめて、気持ちの品々を
【秀吉寸評】(笑)信長様の肝を抜くとは、おかかの才覚もなかなかのものよ(笑)うーん。
手紙の棒読みを表現した西田敏行さんの演技力とかね。
十のもの、二十ほども=倍
【秀吉朗読】また、なかんずく、それの見目ぶり、形までいつぞや、見参らせ候、折節よりは十のもの、二十ほども見上げ候。
【秀吉訳】(笑)おかか!おかかのことを褒めておいでじゃ(笑)以前、おかかに会うた時よりも、おかかの見目、形が倍も美しゅうなったと。
【秀吉寸評】しかし、十のものが二十にもなったとは、ちと褒め過ぎじゃのう(笑)
「ちと褒め過ぎじゃのう」って、信長の面前で言ってみろよ(笑)
倍になったことを「十のもの、二十ほども」だって。信長、表現するよねー(笑)
言語道断、曲事(くせごと)に候
【秀吉朗読】藤吉郎、連々不足の旨申すの由、言語道断
【ねねリアクション】あっ!
【秀吉リアクション】待て待て!
【秀吉朗読】言語道断、曲事(くせごと)に候。
【秀吉疑問】か。こら、どういうことじゃ、おかか?
【秀吉訳】儂が、おかかの不足を言うておるようじゃが、けしからんと怒っておられる。
このあたりね。橋田先生が物語を大きく展開したところ。
【秀吉疑問】①儂がいつ、おかかの不足を言うた。なぜ、このようなことを信長様が?
【ねね解答】①申し訳ございませぬ。つい、千種殿に秀勝殿がおできになったことを。愚痴を申してしまいました。
【秀吉疑問】②儂のことを悪し様(あしざま)に言うたのか?(秀吉)
【ねね解答】②いえいえ、女子(おなご)は辛いと。それを御察しくだされたのでございましょう。(ねね)
秀吉とおかかの一問一答(笑)
【秀吉寸評】何じゃ、信長様も、おかかの肩ばっかり持って。ああ。(秀吉)
この台詞、意外。橋田先生が描写してきた秀吉だったら怒っても不思議はないけど。
ただ、このエピソードに関しては、面白おかしく描写したいのが見え見え。だから、橋田先生としては秀吉を怒らせるわけにはいかなかったのかも。
かの禿鼠(はげねずみ)
【秀吉朗読】いずかたを相訪ね候とも、それ様ほどのは、また再び、かの禿鼠(はげねずみ)
【秀吉疑問】禿鼠!禿鼠とは何、これ儂のことか?
【ねね解答】まあ、そ、それは、あまりの申されようでございますな(ねね)
【秀吉寸評】なあ!猿の次は禿鼠か。どうせ儂も頭は薄うなった。禿猿の禿鼠よ!
このあたりは、かなり演者の力量が問われるところだけど。
肖像画の秀吉なら禿鼠って感じが想像できるけど。西田敏行さんの容姿では、禿猿も禿鼠も少々無理があったかな(笑)他方、台詞回しは面白かったし。
【秀吉朗読】また再び、かの禿鼠、相求め難き間。
【秀吉訳】儂のような禿鼠は、おかかのようなええ女子(おなご)は二度ともらえぬじゃと。
確かに信長、ねねの肩を持ったコメントですね。
身持ちを陽快になし
【秀吉朗読】じゃによって、これより以降は、身持ちを陽快になし、如何にも、かみ様なりに重々しく、悋気などに立ち入り候ては然るべからず候。
【秀吉寸評】(笑)おかか。喧嘩両成敗じゃ。のう。
【秀吉訳】儂のような禿鼠には、おかかのようなええ女子(おなご)は二度ともらえんのじゃから、おかかもこれから先は自信をもって、のう?奥方らしゅう鷹揚に構えて、軽々しくやきもちなどやいてはならぬと、おかかのことをたしなめておられるわ。うん?(笑)
だから、何が「うん?」だよ(笑)ほんと腹立つなあ、秀吉(笑)
【秀吉朗読】女の役にて候間、申すものの申さぬなりにもてなし、然るべく候。
【秀吉訳】聞いたか、おかか。うん?女の務めとして、言いたいことも言わずと、じっと辛抱して亭主の面倒をみろと仰せられておる。のう。
【ねねの気持ち】はい。重々、心に沁みましてございます。
ねねを先に褒めて上げておいて、後からやんわりと叱る。信長、なかなかの構成ですね。
【秀吉朗読】なお、文体(ぶんてい)に羽柴に拝見こい願うものなり。藤吉郎おんなども
【秀吉訳】この文(ふみ)の趣を、御前様にもよう御伝えせよと。
だからこそ、ねねに宛てた信長の文を読んで聞かせたがったり、訳したがったりした秀吉の寸劇で、橋田先生が面白おかしく描写しようとしたんだろうけど。
これが秀吉に伝えるテイじゃなかったら、秀吉が強引過ぎたりして少々無理があったかも。
【ねねの気持ち】はあ。信長様は御心の細やかな御優しい方でおられますなあ。このような文を頂戴して、ねねは身も心も洗われたような気がいたします。
【ねねの気持ち】これからは、信長様の御言葉を胸に、よいおかかになるよう努めます。
この手紙を知ると、信長の印象が変わりますね。ほんと、信長って不思議の人。
最後はいい感じの締めくくり。しっかりと橋田先生が構成してきましたね。
この手紙は、信長の人間性を知る上に貴重な資料である。また、秀吉とねね夫婦の仲を推し量る数少ない手がかりとも言える。この後、秀吉には十指に余る側室ができるが、それにねねが耐えたのも、信長のこの手紙が永く心に残っていたせいかもしれない。(語り)
何とも奥が深いエピソード、橋田先生ならではでしたね。素晴らしい。
次回に続く
週刊おんな太閤記随想、第十四回「信長の手紙」
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