NHK『おしん』の再放送で橋田壽賀子さんから授かった苦難の日々

NHKおしん 橋田壽賀子

画像:NHK朝の連続テレビ小説『おしん』

 

平成31年4月、橋田壽賀子先生が御存命だった頃、代表作の『おしん』がNHKBSプレミアムで再放送されました。久しぶりに視聴できることに当初は大きく歓喜したものでしたが。

そもそも、橋田先生の宿願が叶ってドラマ化されたNHK『おしん』。この再放送と真摯に向き合うこと、すなわち地獄の日々が待ち構えていたわけです。

どうしてもtwitterによる朝の実況には参加できなかったため、録画像ツイートを発信することに。結局のところ、この判断が渡隅自身に大きな試練をもたらすことになりました。当時は本当に疲弊してきつかったですね。それはなぜか?その理由をこれから紐解いていきたいと思います。

そして、作者の橋田先生が逝去された今。青年期のヒロインを見事に演じきって魅せた田中裕子さんについても、改めて思いを馳せてみたいと思います。

 

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再放送当時を振り返ってみる

2019年4月からスタートしたNHK『おしん』の再放送にともなって。「渡る世間の片隅でtwitter」で活動していた当時の状況や葛藤などを振り返ってみたいと思います。

おしんを視聴すること、それは橋田壽賀子先生と真剣に対峙することに他なりませんでした。

 

まずはビンタ場面から

2019年の再放送がはじまった当初は、主にビンタ場面やクレジットタイトルに注目して録画像ツイートを発信していました。

 

 

庄治の大根飯が美しく宙を舞う一瞬が捉えられており。なおさら、ビンタを放ったふじが業師に見えたものです。

 

 

ただし、笑えるビンタ場面は、おしんよりも渡鬼の方が比較にならないほど多いです。

 

このようにして気になった場面を抽出して録画像ツイートを発信していたわけですが。

大きな転機が「渡る世間の片隅でtwitter」に訪れることになりました。

 

おしん同窓会が契機に

小林綾子さんのブログ記事で『おしん』の同窓会が放送されることを知り。

ツイートをこしらえていち早く発信したところ。

 

 

物凄い反響がありました。

多くの皆さんが同窓会を待ちに待っていたんでしょうね。

このことがご縁となってフォロワーになっていただいた方も多くいらっしゃいます。

本当に有り難かったです。

 

このようなこともあってか、渡隅がおしん好きとして結構知られるようになった様相。

しかし、何かしらの逆風を何となく感じるようになりました。

色んな意味で、twitterは魔物だったわけです。

 

画像ツイートへのこだわり

 

無論、橋田壽賀子先生の『おしん』ですから一筋縄ではいきません。橋田壽賀子ドラマ好きを看板に掲げた渡隅twitterですので。軽はずみの事を書くわけにはいかないと。真剣に対峙すればするほど、物語の奥深さに悪戦苦闘した日々。

 

どの場面を静止画像にするかなど、自分なりのこだわりを大切にしたかったので、画像処理だけでも大きな手間がかかっていました。

それに加えて、できる限り一癖つけた文言を表現したかったので、ツイートを完成させるまでに結構な時間を費やしたものです。

次第に一場面ごとの細かな描写に執着するようになり、その結果、必然的に録画像ツイートの発信数も多くなっていきました。

 

#おしん、一時自粛

 

録画像ツイートの発信の数が増えていく中で、自身の中で迷いが生じました。

それは「#おしん」タグをつけることへの引け目。

画像ツイートはテキストのみのツイートと比較して縦幅が大きくなります。

「#おしん」タグ付きで多くの画像ツイートを発信することは、テキストのみのツイートで発信されている方からすれば迷惑ではないかと。このことは、率直に悩みました。

 

その結果、一時「#おしん」タグ付けを封印したわけですが。

そのことで、負の作用を目の当たりにすることになり。

色んな意味で「#おしん」タグの必要性を再認識しました。

 

#おしん、再び

 

そして、年が明けると「#おしん」タグを付けた画像ツイートの発信を再開しました。

ただし、タグを付けるのは1~3ツイート程度にしぼって、残りのツイートはタグなし発信にしました。この方法が「#おしん」タグを付ける効果を大事にしつつも、他のおしん好きの方々にも配慮した渡隅なりの答えでした。やはり、渡隅が多くの録画像ツイートを発信する中で、どれか1つにでも「#おしん」タグをつけることに大きな意義があったのです。

 

苦難を乗り越えて

https://twitter.com/watasumi_net/status/1241146952118501376

 

最後まで我が道を突っ走ってしまった録画像ツイートでしたが。

他のおしん好きの皆さんと一緒に最終回まで何とか持ちこたえることができました。

これはこれで本当に嬉しかったのですが。

改めて当時を思い返してみるとやっぱり地獄の日々でした。

それは、妥協を許さなかった橋田壽賀子先生に対して、録画像ツイートに妥協したくなかった宿命の敬意。

このようにして、改めてNHK『おしん』と真摯に向き合ったことで、橋田先生と深く語らえたような気分を充分過ぎるほど満喫しました。

 

橋田先生、言うまでもなくGreat!

 

改めて田中裕子さんに思いを馳せる

橋田壽賀子先生と田中裕子さんのスペシャル対談が実現しなかった令和の世。

渡隅が勝手に実現を期待していた夢幻の如くなり。

 

田中裕子さんと言えば、NHK『おしん』で青年期のヒロイン。

生前、気が変わったりされていなければ、本当の名優として田中裕子さんを称賛されていたようです。もちろん、好き嫌いを抜きにして。玄人の性として、橋田先生は真実を率直に話されたのだと推測します。

 

日本経済新聞「私の履歴書 橋田壽賀子(23)おしん症候群」で吐露された本当の名優
NHK BSプレミアムで再放送された連続テレビ小説『おしん』。作者である橋田壽賀子さんは日本経済新聞「私の履歴書」で令和初となる筆者として2019年5月に登場されました。日毎に展開された記事はどれも興味深い内容だったわけですが。 以下、日経...

 

日経新聞の「私の履歴書」に橋田先生が降臨されたのは令和元年がスタートした五月。繰り返しになりますが、当時はNHKBSプレミアムで『おしん』が再放送されたりと。

そして、オシンドロームの再来と言わんばかりに、週刊現代では「『おしん』の田中裕子を語ろう」が企画されました。

 

週刊現代「『おしん』の田中裕子を語ろう」で注目したい耐え忍ぶ美学
2019年4月よりNHK BSプレミアムで再放送された『おしん』が大きな話題となった令和元年。まさに「おしんドローム」が再来したかのような様相となりました。そして、青春期などを熱演された田中裕子さんのパフォーマンスに改めて大きな注目が集まり...

 

この記事名は、橋田先生がこしらえた鬼のような脚本に耐え忍んだ田中裕子さんの女優魂を美学として表現しました。おしん、すなわち忍耐という世間一般的なイメージと引っかけたわけです。

この記事名によって「『おしん』に込めた橋田先生のメッセージを渡隅はわかっていない」と勘違いされたかもしれませんね。

 

改めて気になること、それは。

橋田先生の脚本に対する田中裕子さんの本音。

橋田先生が称えた「本当の名優」の本音。

橋田先生がこの世を去ってしまった今だからこそ。

当時の気持ちを田中裕子さんの言葉で吐露してもよいのではと。

おそらく、田中裕子さんの「おんなの美学」が語ることを許さないかもしれませんが。

 

いつの日か、吐露していただきたい。

 

 

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